2010年の結成以降、メンバー全員のセッションから生まれる変拍子を多用した演奏とメロディとが複雑に絡み合う音楽性で人気を集めてきた3人組ロック・バンド、tricot。その唯一無二の音楽性から、15年の2ndフル・アルバム『A N D』では英音楽誌NMEにインタビューが掲載され、ヨーロッパでの音楽フェス出演に加えてロンドンでのピクシーズのライヴのオープニング・アクトに抜擢されるなど、ここ数年は日本国外へも活動の幅を広げている。
そんな彼女たちによる初のライヴDVD『KABUKU TOUR 2016 FINAL at AKASAKA BLITZ』は、現在のバンドの魅力が凝縮された1枚。オーディションで選ばれた4人のドラマーと共に制作した16年の最新EP『KABUKU EP』(「KABUKU」は歌舞伎の語源で「風変わりな」「常識にとらわれない」という意味)に際して行なわれた東京でのツアー・ファイナルの様子を収録し、様々なドラマーとtricotが生み出す豊かなケミストリーが楽しめるものになっている。
――15年の2ndアルバム『A N D』には、様々なドラマーの方を迎えた楽曲が収録されていましたね。これはどんなアイディアで実現したものだったんですか?
中嶋イッキュウ:14年にドラマーのkomaki♂が脱退してから2年ぐらいサポートを入れて活動してきて、15年の『A N D』では一緒にやりたいと思っていた憧れの人たちにダメ元でお願いをしたんです。それもあって、『A N D』では胸を借りているような気持ちでしたね。
――そして16年の『KABUKU EP』では、オーディションで選んだ4人のドラマーと制作しています。これは『A N D』の頃と比べて、どんな作業になったと思っていますか。
『KABUKU EP』では逆に「tricotでドラムを叩きたい」という思いを持った人たちと作ることが出来たので、そういう意味では間逆の経験でしたね。こっちも頑張らないといけないなと思ったし、純粋な気持ちで作ることができたというか。4人のドラマーに引っ張られて、こっちも演奏がパワフルになって、初期衝動が戻ってきたような感覚でした。
――そうして4曲を作った後に、ドラムレスの1曲目 “Nichijo_Seikatsu”を加えた、と。
中嶋:そうですね。4人のドラマーと4曲が出来た時に、それぞれの曲の「一曲入魂」感が強くて、「これだとEPとしてまとまらない」と思ったんです。それで、3人だけの曲があれば面白いと思ったんです。tricotはもともとコーラスも好きなバンドなので、コーラスワークを生かした“Nichijo_Seikatsu”が頭にポンッ!とあったら、全体のストーリーも見えると思ったんですよ。
――ドラムレスの“Nichijo_Seikatsu”が最初にあることで、今回参加した4人のドラマーの個性もよく分かるような形になっていましたね。
中嶋:うん、そうですね。
――その“Nichijo_Seikatsu”を、今回のDVDに収録されているツアー・ファイナルでは、なんとドラマー5人と一緒に披露していますが、これはどんなアイディアだったんでしょう?
キダ・モティフォ:もともと『KABUKU EP』のリリース・ツアーを通してドラムを1人入れてやってきたというのもあって、ツアー・ファイナルではせっかくなので5人でやろうという話になったんです(笑)。
中嶋:誰が言い出したのか……(笑)。セットリストを決める時に、“Nichijo_Seikatsu”の直前に演奏した)“庭”を「5人でやろう」という話になって、その流れだったと思いますね。初めて合わせた時は、とにかくうるさかったです(笑)。サポートの山口美代子さんが仕切ってくれて、そこにみんなが合わせてくれてまとまりました。
――tricotはここ数年「ドラムをどうするか」ということについてすごく考えてきたんじゃないかと思うのですが、今回の制作を通して何か可能性を感じたりもしましたか?
中嶋:私たちの場合、もともとドラマーが抜けた時も、「ドラムがいないからどうしよう?」という気持ちではなくて、いないからこそ面白いことが出来るな、という気持ちだったんです。そのおかげで色んな人たちと一緒に演奏させてもらうことも出来ましたしね。でも、(tricotはメンバーのジャムから曲が生まれることが多いため)曲作りの面では、ドラマーがいないことで難しい部分があったんですよ。
――打ち込みに挑戦したこともありましたよね。
中嶋:そうですね。それはそれで勉強になったし、すごく楽しかったけど、今回は本来のtricotのやり方で作ってみようということになって。それで、ずっと一緒にやってくれるドラマーを探そうと思って、ヒロミ(・ヒロヒロ)さんの提案でオーディションを始めました。
ヒロミ:状況が変わらない感じが続いたので、「それならやってみればいいやん」と思って。そうしたら、ひとりには決められなかったんです(笑)。でも、いいと思った人全員とやるというのは、tricotにしか出来ないことだと思うので。
中嶋:落ち着いて一歩一歩進んでいくという形じゃなくて、熱量や勢いが出てきたような気がしますね。ずっと同じメンバーでやっているとどうしても冷静になってしまいますけど、今はまた自分たちも初心に戻れたような気持ちなんですよ。
――tricotは海外でもライヴを多数行なっていますが、こうした経験も、今のバンドに影響を与えていると思いますか?
中嶋:日本と比較する対象が出来たことで、今まで気付かなかった日本の秀でた部分を客観的に見付けることが出来ました。それをきっかけに伝統芸能にも興味を持って、その結果生まれたのが『KABUKU EP』だったんです。海外から帰国すると、まるで外国人として日本を訪れたような気分になりますね。
キダ:もちろん、日本人同士でも人それぞれ違いますけど、人も環境も日本と違うところはたくさんあると思います。日本にいると身近でヴィーガンの人と食事する機会はほとんどないし、何か特定の宗教を信仰している人も周りにはあまりいないので、そういった人たちに触れることで、単純に視野や自分の考えが広がったような気がします。
ヒロミ:日本とは文化も人も違うので、価値観がすごく変わりましたね。特に私は色々気にしぃな方なんですが、海外の人はすごくざっくりしてるというか。「自分は自分」という感じでそれぞれが好きなように楽しんでいたのがすごくよくて、私もそうありたいなと思うようになりました。
――海外と日本では、ライヴをしていても感覚が違うんでしょうかね?
キダ:海外のお客さんは、周りを気にしていなくて、「自分がいいと思えばいい」という感覚が強いような気はしますね。
中嶋:海外に行くと、私たちのことはまだ知らないお客さんが多いわけですけど、その中でも最初からひとりですごく盛り上がってくれる人がいたりして(笑)。そういうところは違いを感じます。
――海外も含めて、今後ライヴをしてみたい場所があれば教えてください。
中嶋:「インドネシア、プリーズ!」とコメントしてくれることが多いので、そろそろ行きたいです! あとは北海道を細かく回りたいですね。(ご飯も)美味しいし。
キダ:ブラジル、オーストラリアなど南半球にある国に行ってみたいです。赤道を越えて(ライヴでよく踊る)サンバを踊りたいですね。
ヒロミ:私も、やはりブラジルでしょうか。あとはインドも行ってみたいです。現地のカレーを食べてみたい。もちろんライヴがメインですよ!
――tricotには、本当に自由な雰囲気がありますね。ドラマーをオーディションして4人とEPを作ろうというのも、なかなか出てこない発想だと思いますし。
ヒロミ:それはやっぱり、自主レーベルで、自分たちのやりたいことを理解してくれるマネージャーと4人でやっているのが大きいんだと思います。半分呆れられてるかもしれないですけど、でも面白がってくれていて(笑)。だから、自分たちが面白いと思えることをやっていきたいですね。海外に行ったのも大きかったと思います。色んなことが分かった上で、最近は自分たちの好きなように、やりたいようにやれるようになってきているんですよ。
――これからどんなことをやってみたいですか?
中嶋:曲の拍子に限らず、時代やジャンルや楽器や国や年齢や性別にとらわれないで、自分の頭で思いつく「面白そう」と思うことは全てやって確かめてみたいです。一生遊んで暮らしたい。
キダ:今これといってやりたいことはないですけど、「あぁ、またあの人ら好き勝手にやってるなー」と人から言われるバンドでいたいですね。
ヒロミ:私も今具体的にこれをやりたいというのはないんですけど、思いつきで「これやろう!」ってなることが多いので、その時のその瞬間や気持ちを大事にして、これからもやっていけたらなぁと思います。
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あらゆるボーダーを取り払って、「楽しいことがしたい」「まだ経験していないことをしたい」と新たな可能性を追究していくtricot。そうして生まれる3人の音楽には、聴き込むほどに様々な表情が顔を出す、不思議な中毒性が宿っている。
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